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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2070号 判決 1963年3月27日

控訴人 バカンダス・ムクラーデ・ジヤベリ

被控訴人 東京法務局長

訴訟代理人 館忠彦 外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一、当裁判所もまた原裁判所と同様に、控訴人の本訴請求中被控訴人のなした「異議申立棄却決定」の取消を求める部分は理由なきものとして棄却すべく、その余の請求については不適法として訴を却下すべきものと判断する。その理由は、後記二ないし五の如く付加するほか原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

二、法務省民事局長通達昭和二九年六月三〇日甲第一三二一号「家屋台帳事務取扱要領」(以下単に「通達」と略称する)第七一は、家屋建築申告書につき家屋敷地所有者又は管理人の連署、又は承諾書の添付、右が得られない場合は理由書の添付を要求しているけれども、仮りに登記官吏がこれらの要求を充たしていない建築申告を受理し、これを家屋台帳に登録したとしても、右受理及び登録を取消し或は無効と認めるに足りる違法があるものとは解し難い。その理由は次のとおりである。

(1)  昭和二五年の家屋台帳法改正以来、家屋台帳は、(イ)登記所備付の帳簿として、家屋の所在地、実況(種類、構造、床面積)及び所有者を明らかにし、登記簿の補助ないし基礎たる役割を果たすほか、(ロ)その副本が市町村に備え付けられることによつて、固定資産税課税台帳作成の基礎たる役割をも果たして来たものである。

而して、右(イ)(ロ)いずれの役割から見ても、当該家屋所有者がその敷地を使用する正当な権原を有するか否かを明らかにする必要はない。けだし、家屋を土地から独立した別個の不動産と認めるわが法制のもとにおいては、たとえ土地使用の権原がなくとも右土地上の家屋所有者たり得るのみならず、家屋所有者である以上はその敷地使用の権原があると否とを問わず該家屋に関する税負担を免れるものではないからである。

(2)  然らば、何故に前記「通達」第七一は前記のような要求を掲げているかというに、それは、「敷地使用権原が明らかでないかぎり、家屋建築申告の受理及び家屋台帳への登録を許さない」という趣旨からではなく、前記のような連署若しくは書面の添付を要求することにより、敷地使用権原なきに拘らず家屋建築が敢行されることを或程度抑制する事実上の効果を期待しているにすぎないと解するのが相当である。

以上は、「通達」第七一が所有者管理人の連署又は承諾書の得られない場合は理由書の添付だけで足りるとしていることからも十分推測できることである。

(3)  「通達」第七一の趣旨が右のとおりであるとすれば、仮りに登記官吏においてその要求を充たしていない家屋建築申告書を受理しこれを台帳に登録したとしても、(当該官吏が訓令違背の責任を負うべき場合があるのは別として)これがため右受理及び登録を取消し又は無効と認めなければならない程の違法があるとは解し難い。

三、本件についてこれを見るに、本件家屋建築申告書中「土地所有者又は管理人の証明」欄に「神戸市生田区北野町一ノ三二地主バカンダス・ムクラーデ・ジヤペリ管理人小竹兼平」という記載があり且つ訴外小竹兼平の押印があることは当事者間に争いのないところであるから、前示「通達」第七一の要求するところは一応充たされているのみならず、仮りに本件の如き場合は同訴外人の管理資格を証するに足りる資料をも添付させることが右「通達」第七一の趣旨に副うものであるとしても、かかる資料の添付なき故を以て右申告書の受理及び家屋台帳への登録を取消し或は無効と認めるに足りないことは、前示二に説示したところにより自ら明らかであろう。

四、次に、前示「通達」第七一の要求を充たさない家屋建築申告に基き家屋台帳の登録がなされ、右登録に基き家屋台帳の登録がなされ、右登録に基き保存登記がなされた場合の如きは、不動産登記法四九条二号にあたらないと解しても、実際上不当な結果を生じない。その理由は次のとおりである。

(1)  家屋台帳の登録及びこれに基く家屋の保存登記は、いずれも家屋の所在、実況及び所有者を明らかにするものにすぎないから、たとえこのような登録及び登記がなされてもこれがため家屋所有者においてその敷地を使用することが当然是認されるわけでもなく、また敷地使用権原があるものと推定されるわけでもない。従つて、他人の所有地上に勝手に家屋を建築した者は、たとえ家屋台帳への登録及び保存登記を受けても、右家屋の敷地の使用に関し何ら法律上の利益を受けるわけではなく、その反面、敷地所有者においても法律上何ら失うところはないわけである。

(2)  もつとも、右のような場合、敷地所有者は自己の所有地上に勝手に家屋を建築されたことによつて敷地所有権の行使を妨害され、損害を蒙ることは勿論である。しかし、その損害は右家屋の存在によつて生ずるものであつて、右家屋につき登録若しくは登録があることによつて生ずるものではないから、家屋所有者に対し家屋の収去及び損害の賠償を求めることにより初めて救済され得べきものであつて、右家屋保存登記の職権抹消によつて解決を計り得べき筋合のものではない。

(3)  他面、一旦なされた家屋の保存登記は、家屋所有権を第三者に対抗すべき要件として、家屋所有者にとつて重大な意義を有する。而して、他人の土地の上に勝手に家屋を建築した者といえども、右家屋の所有者たることを失わないのであるから、この者のなした保存登記を、単に敷地につき正当な使用権原の証明ができないという一事によつて職権で抹消することを許すのは適当でない。

(4)  以上(1) ないし(3) に説示したとおりであるから、たとえ『前記「通達」第七一の要求を充たさない申告によつてなされた家屋台帳の登録に基き家屋保存登記がなされた場合は、不動産登記法四九条二号に当らず、職権抹消はできない』と解しても、実質上何ら不当の結果を生ずるおそれはない。

五、更に、被控訴人のなした本件異議申立棄却決定には判断遺脱はないと認むべきことさきに引用した原判決理由説示のとおりであるが、仮に控訴人主張の点につき判断遺脱があるとしても、この点に対する判断は前記二及び三に説示したとおりであるべきであつて、結局右決定の結論は正当に帰着する。然らば、該判断遺脱を以て右決定取消の理由とはなし得ない。

六、以上の次第であるから、本件控訴は理由なきものとして棄却すべく、訴訟費用につき民訴九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菊池庚子三 川添利起 花淵精一)

物件目録<省略>

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